いい加減、この問題にケリをつけたほうがいいと思うので、論点を整理しておきます。
そもそも全国学力・学習状況調査は何のためにやるのか?
議論を整理するために、もっとも重要な論点は、これである。いったい全国学力・学習状況調査は何のために実施するのだろうか。
この点について、文部科学省は次の様の整理している。たとえば、平成28年度全国学力・学習状況調査リーフレットを見てみよう。そこに書かれている調査の目的は、次の3つである。
- 義務教育の機会均等とその水準の維持向上の観点から,全国的な児童生徒の学力や学習状況を把握・分析し,教育施策の成果と課題を検証し,その改善を図る
- 学校における児童生徒への教育指導の充実や学習状況の改善等に役立てる
- そのような取組を通じて,教育に関する継続的な検証改善サイクルを確立する
もう少しまとめると、全国学力・学習状況調査には、(1)全国的な児童生徒の学力・学習状況を把握する、(2)学校での指導に役立てる、という2つの目的があることになる。国が実施する調査なのだから、(1)の目的は素直に理解できる。そこで以下では、(2)の目的を支持する見解について検討してみたい。
たとえば、全国学力・学習状況調査の分析・活用の推進に関する専門家検討会議(第1回)の議事要旨を見てみよう。その冒頭において、座長である梶田は、次のように発言している。
この全国学力・学習状況調査は43年ぶりに悉皆で行われた。私は非常にスムーズにいったと思う。この結果についての分析をまた皆さんにやってもらうが,私は思っていたよりはいい結果が出たと思っている。
まだまだ課題はたくさん残っている。今回,この専門家会議,その前に全国学力・学習状況調査の実施方法等についての専門家会議が置かれて枠組みを決めたわけである。いよいよこれの結果が出て,どういうふうにするかということになっている。多額のお金を使っているので,この悉皆調査の結果をしっかり分析しなければいけない。隠れたいろいろな要因,これからの指導の上で大事な視点が出てくるかもしれない。こういうものをできるだけいろいろな角度からはっきりさせたいと思う。
そしてデータ解析が単なるおたく的なものになってはいけないし,あるいは立派なレポートが出て終わりというわけにはいかない。これが各学校で使える,各教育委員会で使えるものにならなければいけない。使えるというのはどういうことかというと,子どもの次の学びと育ちに有効適切な形でフィードバックされるということになるかと思う。こういう活用の仕方も考えていただかなければいけない。そういう意味での分析・活用だと思っている。それでは早速,議事に入りたいと思う。
梶田の「各学校で使える,各教育委員会で使えるものにならなければいけない」という発言は、明らかに(2)学校での指導に役立てる、を強く意識したものである。こうした「学校での指導に役立てる」という発想は、全国学力・学習状況調査が悉皆調査(=ここでは、調査対象となるすべての人々に同じテストを受けさせること、という意味で用いる)でなければならないという言説を強く支える根拠となっている。
このことがよく表れているのが、平成22年の全国的な学力調査の在り方等の検討に関する専門家会議・第2回の議事要旨である。この時期は、政権交代に伴い、全国学力・学習状況調査が悉皆から抽出方式に変更された頃である。そのため、委員の発言にも、悉皆・抽出をめぐる意見が、素直に表現されている。ここでは、悉皆調査が好ましいという見解を中心に取り上げてみよう。
○抽出調査では大きな政策は変えられるが、悉皆調査による支援をしないと、個々の先生は関心を持たない。
○抽出に変わり、調査に関係ない学校は、雰囲気がだれている。学力向上が盛り上がらなくなっているという厳しい現状を考えると、4年に1回は悉皆にして、しかも教科を増やすべき。
○教育学的には悉皆が望ましいと考えている。全国および県別の状況把握では抽出調査でもよいが、悉皆調査では、個々の子どもの症状が把握できる。全体としての傾向ではなく、個人レベルで把握できる。それにより、義務感、使命感を醸成することが極めて重要である。教材研究も切実感をもって指導改善することが必要。
○第三者評価の在り方について検討しとりまとめたが、第三者評価については、学校・設置者の判断に委ねるとしている。そのような文脈での学力調査の捉え方は一つのテーマとなる。学力調査により、市町村教委や学校が、日頃の姿を見直すという観点も重要である。
○国語教育の立場からは、役に立たないおもしろくない授業が多いという状況を改善するために本調査が始まったと捉えている。第二ステージとはいえ、学校の教育の発想を変えるために調査を実施する意義が現段階でもあると思う。
これらの発言を見れば、悉皆調査が好ましいと考える委員たちが、(2)学校での指導に役立てる、という目的を支持しており、悉皆調査を通して学校・教育委員会の現状を改善したいと考えていることは、明らかであろう。
問題になるのは、こうした見解が、全国学力・学習状況調査のもう一つの目的である(1)全国的な児童生徒の学力・学習状況を把握する、と矛盾してしまうという点である(※そもそも、国が実施する調査を使って、国や政策の在り方を変えるのではなく、学校や教育委員会を変えようとしていることがおかしいのだが、それは置いておく)。
素朴に考えれば、(2)学校での指導に役立てる、のだから、(1)全国的な児童生徒の学力・学習状況を把握する、というのは、矛盾なく両立可能なことに思える。しかし、ことはそれほどかんたんではない。この点を理解するには、「テストで成績を測る」ためには何が重要なのか知っておく必要がある。そこで次回は、テストについて説明することにしたい。
関連文献
今回の内容をBernsteinを用いて説明した論文として、鳶島(2010)「全国学力テストの悉皆実施はいかに正当化されたか」『社会学年報』がある。
また、中嶋(2008)「全国学力テストによる義務教育の国家統制」『教育学研究』は、今回の内容では扱わなかった、全国学力・学習状況調査の目的について論じている。
他にも、志水(2009)『全国学力テストーその功罪を問うー』も良いだろう。